相続・資産承継 × オルタナティブ シリーズ
相続・資産承継×オルタナティブの国際比較|米欧アジアの制度マップと日本居住者のアクセス手段
米国の信託・FLP・GRAT、欧州のSCSpと財団、シンガポール・香港のVCC・私的トラスト ― 富裕層がオルタナティブ資産を世代横断で保有する仕組みは、法域によって設計思想が大きく異なる。それぞれの構造とコスト、そして日本居住者が活用する際の制度上の前提を比較する。
slug: auto-2026-06-06-inheritance-alternatives-global-comparison title: 相続・資産承継×オルタナティブの国際比較|米欧アジアの制度マップと日本居住者のアクセス手段 excerpt: 米国の信託・FLP・GRAT、欧州のSCSpと財団、シンガポール・香港のVCC・私的トラスト ― 富裕層がオルタナティブ資産を世代横断で保有する仕組みは、法域によって設計思想が大きく異なる。それぞれの構造とコスト、そして日本居住者が活用する際の制度上の前提を比較する。 tags: [国際, 信託, ファミリーオフィス, シンガポール, ルクセンブルク] categorySlugs: [inheritance] assetSlugs: [alternatives] readingTime: "8分" lastUpdated: 2026-06-06 series: 相続・資産承継 × オルタナティブ シリーズ
世界の富裕層がオルタナティブ資産を世代を超えて保有する仕組みは、法域ごとに大きく異なる。米国は信託(trust)とパートナーシップを中心に、欧州はリヒテンシュタインや列国の財団(foundation)と特殊パートナーシップ、アジアはシンガポール・香港を拠点とするVCCや私的トラストを発達させてきた。それぞれが歴史的・税制的な事情から独自の進化を遂げており、単純な優劣比較はできない。本稿では、主要法域の制度を概観し、日本居住者がこれらにアクセスする際の前提と限界を整理する。
なぜ法域比較が必要なのか
オルタナティブ資産を相続・資産承継に組み込む際、保有スキーム(誰が、どの法域で、どの法的形態で資産を持つか)の選択は、税負担、ガバナンス、後継者の権利関係、情報開示義務のすべてに影響する。同じPEファンドへの出資でも、個人名義で持つか、ケイマンSPVで持つか、米国信託に持たせるか、シンガポールVCCに持たせるかで、結果が大きく変わる。
ただし注意したいのは、日本居住者にとって「保有スキームを国外に置けば日本の相続税が回避できる」というのは原則として誤りである点だ。日本居住者の相続税は世界全体の資産を対象とする(無制限納税義務者)。したがって法域比較の意義は「課税回避」ではなく、(1) ガバナンスと意思決定構造の最適化、(2) 多通貨・多法域の資産管理の効率化、(3) 投資機会へのアクセス拡大、(4) 国際的な制度変更リスクの分散、にある。
米国 ― 信託とパートナーシップの組み合わせ
米国はオルタナティブ資産の承継スキームにおいて、世界で最も多様な構造が発達した法域である。中核となるのは信託(trust)であり、Revocable Living Trust、Irrevocable Trust、Grantor Trust、Dynasty Trust、Spendthrift Trustなど多数の類型がある。デラウェア州、ネバダ州、サウスダコタ州、アラスカ州は信託法制を継続的に強化しており、長期信託(数百年単位)の設定、資産保全(asset protection)、信託のディレクター制を整備している。
オルタナティブ資産の保有形態として広く使われるのが、Family Limited Partnership(FLP)とFamily LLCである。FLPでは家族メンバーがGPとLPとして参加し、被相続人がGP(少数持分)として運用権を持ち、子世代がLP(多数持分)として経済的権利を持つ構造を作る。これにより、(1) 一元的な投資意思決定、(2) 流動性ディスカウントと少数持分ディスカウントを根拠とした評価減、(3) 段階的な持分移転、を同時に実現する。FLPの評価減は米国IRSとの間で過去数十年にわたり争点になってきたが、独立鑑定と事業実態が伴う限り、一定の範囲で認められてきた経緯がある。
承継時の課税繰延手段としては、Grantor Retained Annuity Trust(GRAT)、Charitable Lead Trust(CLT)、Charitable Remainder Trust(CRT)などが活用される。GRATは贈与税評価を低く抑えつつ、信託期間中の運用益を受益者に移転する仕組みで、PE・VCのような高ボラティリティ資産との相性が良い。
米国の信託は、米国市民・居住者でなくとも設定可能だが、米国信託の受益者が非米国居住者の場合、米国側の課税(特にgenerationskippingtax、estate tax、income taxの扱い)と日本側の課税(受益者課税、信託の透視扱い)の整合性をとる必要がある。専門の国際税務アドバイザーなしに設定するのは非現実的である。
欧州 ― ルクセンブルク、スイス、リヒテンシュタイン、英国
欧州ではオルタナティブ承継スキームが法域ごとに分化している。
ルクセンブルクはオルタナティブ投資ファンドのハブとして発達し、SCS(Société en Commandite Simple)、SCSp(Société en Commandite Spéciale)、RAIF(Reserved Alternative Investment Fund)、SIF(Specialised Investment Fund)など、PE・ヘッジファンドの組成に適した構造を整備している。SCSpはアングロサクソン型のリミテッドパートナーシップに近く、AIFMD適合のもとでGP-LP構造を実現できる。富裕層の家族投資ビークルとしても活用されており、ファミリーSPVの組成地として選好される。
スイスは銀行・信託・ファミリーオフィスの集積地として歴史を持つ。スイス信託法は限定的だが、Privatstiftung(私的財団)に近い構造をリヒテンシュタイン経由で利用するケースが多い。ジュネーブ・チューリッヒには大手のマルチファミリーオフィスが集積しており、多通貨・多法域の資産管理を担う。スイスは2014年以降CRS参加国であり、口座情報の自動交換が行われている。
リヒテンシュタインのStiftung(財団)は、ローマ法系の財団制度と独自の発展を遂げ、創設者の意思が長期にわたって反映される構造を持つ。受益者を柔軟に設定でき、家族信託に近い役割を果たすが、CRSと実質的支配者情報の登録が国際的な要請として課されている。
英国ではDiscretionary Trust(裁量信託)が伝統的に用いられてきた。受託者が広い裁量を持ち、受益者の状況に応じて分配を判断する構造で、長期承継に適している。英国は2017年以降、非居住者でも英国不動産に関する相続税の対象となる範囲を拡大しており、不動産を含む承継スキームでは制度変更リスクが高まっている。
アジア ― シンガポール、香港、その他
シンガポールはアジアにおけるファミリーオフィス・ハブとして急速に成長してきた。Variable Capital Company(VCC)は2020年に施行された比較的新しいファンド構造で、アンブレラ型・サブファンド型の運用、PE・ヘッジファンド・不動産ファンドの一元管理が可能である。シングルファミリーオフィスの設立要件として、MAS(シンガポール金融庁)の13O・13U制度のもと、運用資産規模・現地雇用・運用費用に関する一定の要件を満たすことで税制優遇が受けられる仕組みが整備されている。要件は段階的に強化されており、近年は現地雇用要件・専門スタッフ要件が引き上げられている。
香港は伝統的に信託制度が発達しており、Trustee Ordinanceの2013年改正により、永続的な信託の設定、信託のリザーブ・パワー(settlorによる権限留保)が可能になった。ファミリーオフィス向けの税制優遇(Family-Owned Investment Holding Vehicle、FIHV)も整備されている。地政学的リスクの議論はあるものの、英米法系の法的安定性、英語ベースの司法、人民元・香港ドル両方へのアクセスから、アジア富裕層の利用は続いている。
その他、UAEのDIFC(Dubai International Financial Centre)、ADGM(Abu Dhabi Global Market)、モーリシャス、ジャージー、ガーンジー、ケイマンといった法域も、それぞれの特性に応じて活用されている。ケイマンはオフショアファンドの組成地として圧倒的なシェアを持つが、ファミリー承継スキーム単体での利用は限定的である。
日本居住者から見たアクセス手段
日本居住者が国外オルタナティブ商品にアクセスする手段は、(1) 国内金融機関を通じた間接出資、(2) 国外金融機関を通じた直接出資、(3) 国外法人を通じた保有、の三つに大別できる。
国内金融機関経由の出資は、(a) 銀行・証券会社・運用会社のプライベートバンキング部門が選定した私募ファンドへの参加、(b) ファンドオブファンズや投資一任契約を通じた間接参加、が中心である。手続き面・税務面の整理が国内で完結する利点があるが、商品選択肢は限定され、フィーレイヤーが厚くなりやすい。
国外金融機関経由の直接出資は、シンガポール・香港・スイス等のプライベートバンクに口座を開設し、グローバルなオルタナティブ商品にアクセスする方法である。選択肢は広がるが、口座開設時の最低資産要件、KYC手続き、CRSによる日本の税務当局への自動報告、そして米国不動産・米国ファンドであればFATCAの対象となる点に留意が必要である。
国外法人を通じた保有は、海外SPVや家族信託を介して資産を持つ手法であり、最も高度な構造である。タックスヘイブン対策税制(CFC税制)、特定外国子会社等の合算課税、移転価格税制、出国税、国外財産調書、財産債務調書といった日本側の規制が複層的にかかるため、専門家による継続的なコンプライアンス管理が必要である。
共通する留意点 ― 透明性とコンプライアンス
法域を問わず、近年のオルタナティブ承継スキームには共通する潮流がある。第一に、CRS(共通報告基準)による金融口座情報の自動交換。第二に、実質的支配者(Beneficial Owner)情報の登録義務。第三に、各国における富裕層課税の強化(出国税、富裕税、相続税の世界資産課税化)。第四に、AML/CFT(マネロン・テロ資金供与対策)の強化に伴うKYC要件の厳格化である。
これらの潮流は、過去に有効だった「秘匿性」を前提とした承継スキームを実質的に機能不全にした。現在の国際的な承継設計は、(1) 透明性の前提のもとで、(2) 合法的かつ説明可能な構造で、(3) 多法域の制度変更に追随できる柔軟性を持って、設計される必要がある。秘匿性を売りにするスキームを提案する業者は、現代の国際税務環境を理解していないと判断してよい。
構造選択の意思決定軸
最後に、法域・スキーム選択の意思決定軸を整理する。第一に、資産規模と運用コストのバランス。シングルファミリーオフィスは数百億円規模の資産から経済合理性が出るとされ、それ未満ではマルチファミリーオフィスや既存のプライベートバンクを利用するのが現実的である。第二に、家族構成と次世代のコミットメント。承継スキームは数十年単位で運営される以上、次世代が運営に関心を持つかが死活的に重要である。第三に、被相続人・相続人の居住地と将来の移住可能性。居住地は税務上の取扱いを決定する最も重要な要素であり、将来的に居住地が変わる可能性があるなら、複数法域に対応できる柔軟な構造を選ぶ必要がある。
法域・スキーム選択に正解はない。現状の資産規模、家族の人生設計、税務環境、ガバナンス要求のすべてを総合して、過剰でも過少でもない構造を設計することが、長期的に家族資産を守る最善の方法である。
次に読みたいテーマ
- 米国信託の類型別の機能比較(GRAT、Dynasty Trust、ILIT)
- ルクセンブルクSCSpの組成プロセスとコスト構造
- シンガポール13O・13U制度の要件と実務運用
- 日本のタックスヘイブン対策税制と国外オルタナティブの相性
- CRS時代の家族ガバナンスと情報開示設計
出典
- Monetary Authority of Singapore, Variable Capital Companies (VCC) Framework: https://www.mas.gov.sg/
- Inland Revenue Authority of Singapore, Tax Incentive Schemes for Funds (Sections 13O/13U): https://www.iras.gov.sg/
- Hong Kong Inland Revenue Department, Family-owned Investment Holding Vehicles: https://www.ird.gov.hk/
- Commission de Surveillance du Secteur Financier (CSSF), AIF and AIFM Regulation in Luxembourg: https://www.cssf.lu/
- U.S. Internal Revenue Service, Estate and Gift Taxes: https://www.irs.gov/businesses/small-businesses-self-employed/estate-and-gift-taxes
- OECD, Common Reporting Standard and Automatic Exchange of Information: https://www.oecd.org/tax/automatic-exchange/
- 国税庁「国外財産調書制度のあらまし」: https://www.nta.go.jp/
