相続・資産承継 × コモディティ シリーズ
金の相続は国でこれだけ違う|米欧アジアの制度比較と日本居住者の現実解
米国は相続時に取得価額が時価へ洗い替えられ、英国は一部の金貨が譲渡益非課税、シンガポール・香港には相続税自体がない。一方の日本は最高55%の相続税に加えて被相続人の取得費を引き継ぐ「二重に重い」構造を持つ。コモディティ承継をめぐる主要国の制度差を比較し、日本居住者が取り得る現実的なアクセス手段と海外保管の注意点を整理する国際編。
slug: auto-2026-06-13-global-commodity-inheritance-comparison title: 金の相続は国でこれだけ違う|米欧アジアの制度比較と日本居住者の現実解 excerpt: 米国は相続時に取得価額が時価へ洗い替えられ、英国は一部の金貨が譲渡益非課税、シンガポール・香港には相続税自体がない。一方の日本は最高55%の相続税に加えて被相続人の取得費を引き継ぐ「二重に重い」構造を持つ。コモディティ承継をめぐる主要国の制度差を比較し、日本居住者が取り得る現実的なアクセス手段と海外保管の注意点を整理する国際編。 tags: [国際比較, 相続税, 金投資, 海外資産, 国外財産調書] categorySlugs: [inheritance] assetSlugs: [commodities] readingTime: "7分" lastUpdated: 2026-06-13 series: 相続・資産承継 × コモディティ シリーズ
金は世界中どこでも同じ品質・ほぼ同じ価格で取引される、最も国際的な資産である。ところが、その金を「相続する」段階になると、課税のルールは国によって驚くほど異なる。相続時に含み益がリセットされる国、特定の金貨だけ売却益が非課税になる国、そもそも相続税が存在しない国まである。本稿では、コモディティ承継をめぐる主要国の制度を比較し、日本居住者の視点から何が使えて何が使えないのか、現実的な整理を試みる。
比較の前提——「遺産税方式」と「遺産取得税方式」
国際比較の前に、相続課税には二つの基本方式があることを押さえたい。米国や英国は、亡くなった人の遺産全体に課税する「遺産税(estate tax)方式」を採る。一方、日本やドイツ、フランスは、財産を受け取った相続人側に課税する「遺産取得税方式」が基本で、相続人と被相続人の続柄によって税負担が変わる。OECDは加盟国の相続課税制度を包括的に比較したレポートInheritance Taxation in OECD Countriesを公表しており、相続税を課す国と廃止した国が拮抗している実態が分かる。コモディティはどの国でも基本的に「動産」として一般財産と同じ枠組みで課税されるが、評価・譲渡益・非課税特例の細部に各国の個性が表れる。
米国——ステップアップ・ベイシスという強力な仕組み
米国の連邦遺産税は最高税率40%だが、インフレ調整される高額の基礎控除(unified credit)があり、課税対象となるのは ごく一部の富裕層に限られる。控除額や申告要件はIRSのEstate Taxページで毎年公表される。
コモディティ承継の観点で米国制度の核心は、ステップアップ・ベイシス(basis step-up)である。内国歳入法1014条により、相続財産の取得価額は相続時の時価に洗い替えられる(IRS Publication 551 — Basis of Assets)。つまり親が大昔に安く買った金地金を子が相続すれば、含み益は所得課税上リセットされ、相続直後に売却すればキャピタルゲイン課税はほぼ生じない。遺産税の基礎控除内に収まる家庭では、「相続を経ると含み益が消える」という、日本とは正反対の構造になっている。
もう一つの米国の特徴は、金現物や現物裏付け型の金ETFが税法上「コレクティブル(収集品)」に分類される点だ。コレクティブルの長期譲渡益には通常の株式より高い最高28%の税率が適用される(IRS Topic No.409 — Capital Gains and Losses)。生前の売却には不利な扱いだが、前述のステップアップがこの不利を相続時に解消する。「金は売らずに残す」という行動が税制によって後押しされている、と読むこともできる。
欧州——英国の非課税金貨、ドイツの1年ルール
英国:法定通貨の金貨はキャピタルゲイン非課税
英国の相続税(IHT)は遺産税方式で、非課税枠(nil-rate band:32万5,000ポンド)を超える部分に原則40%が課される(GOV.UK — Inheritance Tax)。金も一般財産として課税対象であり、相続段階での特例はない。
英国の個性は譲渡益課税の側にある。ソブリン金貨やブリタニア金貨など英国の法定通貨(legal tender)に該当する金貨は、通貨の処分として扱われるためキャピタルゲイン税が課されない(GOV.UK — Capital Gains Tax: what you pay it on、王立造幣局の解説も参照)。同じ1オンスの金でも、地金やクルーガーランド金貨なら課税、ブリタニアなら非課税という線引きが生じる。英国居住の投資家が承継用の金として自国法定通貨金貨を好む背景には、この制度がある。
ドイツ:現物金は1年保有で売却益非課税
ドイツの相続・贈与税は遺産取得税方式で、続柄に応じた非課税枠と税率が設定される。コモディティに関して特筆すべきは所得課税側で、金地金や金貨などの現物は「私的売買取引」として、1年超保有すれば売却益が非課税になる(ドイツ所得税法23条。制度の概要はドイツ連邦財務省を参照)。また、EU共通制度として投資用金(investment gold)の購入には付加価値税が課されない(EU理事会指令による投資金の特例)。購入時も売却時も税負担が軽いため、ドイツは個人の現物金保有が文化として根付いている国の代表例である。
スイス:連邦レベルの相続税が存在しない
スイスには連邦レベルの相続税がなく、課税は州(カントン)ごとに委ねられている。多くの州で配偶者と直系卑属への相続は非課税とされ、富裕層の資産管理拠点としての地位を支える要因の一つになっている(スイス連邦政府の税制ポータル)。チューリッヒ空港周辺などに集積する保税倉庫・貴金属保管サービスと相まって、「スイスで金を保管する」という選択は国際的な資産保全の定番であり続けてきた。
アジア——相続税ゼロ地域と日本の対極性
シンガポールは2008年に遺産税(estate duty)を廃止し(シンガポール内国歳入庁 IRAS)、香港も2006年に相続税を廃止した。両地域では金を含むあらゆる資産が相続課税なしで次世代へ移転でき、シンガポールはアジアの貴金属取引・保管ハブとしての地位を制度面から後押ししている。
対照的に日本は、基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人数)を超える部分に最高55%の累進課税を行う、世界で最も相続課税の重い国の一つである(国税庁タックスアンサーNo.4155)。さらに重要なのは、日本にはステップアップ・ベイシスがなく、被相続人の取得費がそのまま相続人に引き継がれる点だ。相続税を払った後に売却すれば、親の代からの含み益に対して譲渡所得課税が再び生じる。米国型と比べて「二重に重い」構造であることは、承継設計の前提として認識しておくべきである。
日本居住者の現実解——制度の違いをどう活かし、何に注意するか
ここまでの比較を踏まえると、「海外の有利な制度を使えばよいのでは」という発想が浮かぶが、結論から言えば日本居住者にその余地はほとんどない。日本の相続税は、被相続人・相続人の双方が長期間海外に居住している場合などを除き、国外財産にも及ぶ(国税庁タックスアンサーNo.4138 相続人が外国に居住しているとき)。スイスの保税倉庫に金を置いても、シンガポールの保管サービスを使っても、日本居住者の相続財産であることに変わりはない。
それでも国際的な選択肢に意味がないわけではない。整理すると次のようになる。
- 保管の国際分散: 課税は逃れられないが、地政学リスクや国内金融システムのリスクに対する分散として、海外保管サービスや海外上場の金ETFを使う合理性はある。
- 報告義務の遵守: 合計5,000万円超の国外財産を持つ居住者には国外財産調書の提出義務があり(国税庁 — 国外財産調書制度)、不提出には加算税の加重措置がある。海外保管の金も対象であり、「申告しなくても分からない」という前提は、CRS(共通報告基準)による金融口座情報の自動交換が定着した現在では成立しない。
- 相続人の海外居住: 相続人が将来米国など海外に移住する可能性があるファミリーでは、どの国の税制が重畳的に適用されるかが複雑になる。国際相続は二国間の課税が交錯する領域であり、事前の専門家への相談が不可欠である。
- 国内での形態選択: 結局のところ日本居住者にとって実効性が高いのは、前稿で扱った保有形態の選択と取得記録の整備、生前贈与の活用といった国内制度の丁寧な運用である。
制度比較から得られる最大の教訓は、「金がグローバルな資産であっても、相続はローカルな制度に従う」という一点に尽きる。各国の制度差は、移住や国際分散を考える際の判断材料にはなるが、居住地の課税を消す魔法にはならない。制度を正しく知り、自国のルールの中で最適化する——それが国際比較から導かれる現実解である。
出典
- OECD — Inheritance Taxation in OECD Countries
- IRS — Estate Tax
- IRS — Topic No.409 Capital Gains and Losses(コレクティブルの税率)
- IRS — Publication 551: Basis of Assets(ステップアップ・ベイシス)
- GOV.UK — Inheritance Tax
- GOV.UK — Capital Gains Tax
- 欧州委員会 — VAT special schemes(投資用金の付加価値税特例)
- シンガポール内国歳入庁(IRAS)
- 国税庁 — タックスアンサーNo.4155 相続税の税率
- 国税庁 — タックスアンサーNo.7456 国外財産調書制度
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