相続・資産承継 × 不動産 シリーズ
不動産相続の国際比較|米欧アジアの承継制度と日本居住者の選択肢
相続税の有無、不動産評価の方法、承継ルールの設計は国によって大きく異なる。相続税を持たない国もあれば、生前贈与中心の国、信託文化が根付く国もある。本稿は米欧アジア主要国の不動産承継制度を「課税」「評価」「承継の器」の3軸で俯瞰し、海外不動産を保有・承継する日本居住者が直面する論点を整理する。
slug: auto-2026-06-20-inheritance-real-estate-global-comparison title: 不動産相続の国際比較|米欧アジアの承継制度と日本居住者の選択肢 excerpt: 相続税の有無、不動産評価の方法、承継ルールの設計は国によって大きく異なる。相続税を持たない国もあれば、生前贈与中心の国、信託文化が根付く国もある。本稿は米欧アジア主要国の不動産承継制度を「課税」「評価」「承継の器」の3軸で俯瞰し、海外不動産を保有・承継する日本居住者が直面する論点を整理する。 tags: [相続, 国際比較, 海外不動産, 資産承継, 相続税] categorySlugs: [inheritance] assetSlugs: [real-estate] readingTime: "6分" lastUpdated: 2026-06-20 series: 相続・資産承継 × 不動産 シリーズ
不動産の相続・承継ルールは、世界共通ではない。相続税を重く課す国もあれば、相続税そのものを廃止した国もある。不動産の評価方法、生前贈与の扱い、信託の使われ方も国によって設計思想が異なる。海外不動産を保有する、あるいはこれから検討する日本居住者にとって、この国際的な多様性を理解することは、思わぬ二重課税や承継トラブルを避けるための前提知識になる。本稿は米欧アジア主要国の制度を「課税」「評価」「承継の器」の3軸で俯瞰する。なお具体的な税率や閾値は改正が頻繁なため、本稿は制度の構造に焦点を当て、数値は一次情報源での確認を促す。
軸1: 相続税という制度の有無と設計思想
まず最も大きな分岐点が、そもそも相続税(または遺産税)を課すかどうかだ。OECDの整理によれば、相続・贈与に対する課税の有無や形態は加盟国の間でも大きくばらついている(出典は本文末尾)。
相続税を課す国とその二類型
相続税を課す国は、大きく二つの方式に分かれる。
- 遺産課税方式(estate tax): 亡くなった人が残した遺産「全体」に対して課税する。アメリカの連邦遺産税がこの代表例で、被相続人の遺産総額を基準に税を計算する。
- 遺産取得課税方式(inheritance tax): 相続人が「受け取った財産」ごとに課税する。日本やドイツ、フランスなどがこの系統で、相続人と被相続人の関係(配偶者・子・第三者)によって税率や控除が変わるのが特徴だ。
この違いは、誰が・何を基準に納税するかという根本設計の差であり、海外資産を承継する際の計算ロジックに直結する。
相続税を持たない国々
一方で、相続税・遺産税を課さない国も存在する。オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、シンガポールなどは相続税を持たない。ただし「相続税がない=課税ゼロ」ではない点に注意が要る。これらの国の多くは、相続時や売却時にキャピタルゲイン課税の形で別途課税する仕組み(みなし譲渡など)を持つことがあり、「相続税がないから有利」と単純化するのは危険だ。課税は相続税という名前ではなく、別の税目に姿を変えて現れることがある。
軸2: 不動産の評価方法の国際的な差
第二の軸は、相続・承継の場面で不動産をどう評価するかだ。ここにも国ごとの思想差が表れる。
日本では、土地は路線価方式・倍率方式という行政が定めた基準で評価し、実勢価格より低めに出やすい。この「評価と時価の乖離」が日本の不動産承継メリットの源泉になっている。
これに対し、相続時に「公正市場価値(fair market value)」での評価を求める国もある。市場価値ベースで評価する制度では、日本のような評価圧縮の余地は小さくなる。さらに、相続時に資産を時価で再取得したものとみなして取得価額を引き上げる「ステップアップ」の扱いがある国もあり、その後の売却時のキャピタルゲイン計算に大きく影響する。
評価方法が「行政評価ベース」か「市場価値ベース」か、そして相続時にステップアップがあるか否か。この2点は、同じ不動産でも国によって承継後の税負担が大きく変わる決定的な分岐点だ。
軸3: 承継の「器」と法文化の違い
第三の軸は、不動産をどのような法的な器で承継するか、という法文化の差だ。
英米法圏(アメリカ、イギリス、オーストラリアなど)では、信託(trust)が承継の中核ツールとして広く使われる。所有権を管理者(受託者)と受益者に分離し、世代をまたいだ資産管理や承継の意思を柔軟に設計する文化が根付いている。プロベート(検認)手続きを回避する目的でも信託が活用される。
大陸法圏(ドイツ、フランス、日本など)では、伝統的に遺留分など相続人の権利を強く保護する設計が取られ、被相続人の意思だけで自由に承継先を決められる範囲が相対的に狭い。近年は日本でも民事信託(家族信託)が普及し、英米的な柔軟性を取り込む動きが進んでいるが、法文化の土台が異なる点は理解しておく必要がある。
つまり「信託で柔軟に承継する」というアプローチが当たり前に機能する国と、遺留分などの制約の中で設計しなければならない国がある。海外不動産を現地の器で承継する場合、その国の法文化の前提を取り違えると、意図した承継ができないことがある。
日本居住者が海外不動産を承継するときの論点
ここまでの3軸を踏まえ、日本に居住しながら海外不動産を保有・承継する人が直面する実務論点を整理する。
二重課税のリスクと調整
最大の論点は、不動産の所在国と居住国(日本)の双方で課税される可能性だ。日本の居住者は、原則として国外財産も含めて日本の相続税の課税対象になる。一方、不動産の所在国も「その国にある不動産」に課税することが多い。結果として同じ不動産に二重に課税される可能性が生じる。
この二重課税は、外国税額控除や、国によっては相続税に関する租税条約によって調整される場合がある。ただし調整の有無や範囲は国ごとに大きく異なり、自動的に解消されるわけではない。海外不動産の承継は、所在国と日本の双方の制度を突き合わせて設計する必要がある。
評価・手続き・通貨のギャップ
加えて、現地での評価方法(市場価値ベースか否か)、現地のプロベートなど承継手続き、相続発生から納税までの為替変動が、想定外のコストや遅延を生む。現地の専門家と日本側の専門家の双方の関与が前提になる場面が多い。
構造で考える、という結論
国際比較から見えてくる最大の教訓は、「相続税がない国は有利」「評価が低い国は得」といった単線的な判断が成り立たないことだ。課税は税目を変えて現れ、評価方法は承継後のキャピタルゲインに跳ね返り、法文化は器の選択肢を規定する。国境をまたぐ不動産承継は、税率の高低ではなく、課税・評価・器という3つの構造の組み合わせとして捉える。これが国際比較から導かれる実務の指針だ。
次に読みたい
- なぜ不動産が資産承継の器になるのか(評価・分割・器の原理編)
- 相続を見据えた不動産選びの4軸チェックリスト
- 外国税額控除と租税条約による二重課税調整の基礎
- 家族信託と資産管理会社の設計・コスト比較
出典
- OECD「Inheritance Taxation in OECD Countries」 https://www.oecd.org/tax/inheritance-taxation-in-oecd-countries-e2879a7d-en.htm
- 国税庁「相続税(国外財産を含む課税対象の範囲)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/
- 国税庁「No.4138 相続人が外国に居住しているとき・外国税額控除」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4138.htm
- U.S. Internal Revenue Service「Estate Tax」 https://www.irs.gov/businesses/small-businesses-self-employed/estate-tax
- GOV.UK「Inheritance Tax」 https://www.gov.uk/inheritance-tax
