相続・資産承継 × 暗号通貨 シリーズ
暗号資産と相続税の国際比較|米国・欧州・アジアの制度差と日本居住者が知るべき視点
暗号資産の相続課税は国によって驚くほど異なる。米国には取得価額が引き上がるステップアップ制度があり、シンガポール・香港には遺産税自体が存在しない。一方日本は最高55%の相続税に加え独自の所得課税が重なる。本記事では主要国の制度を比較し、国際相続で問題となる資産所在地・二重課税・CARFの論点を日本居住者の視点で整理する。
slug: auto-2026-07-11-crypto-inheritance-global-comparison title: 暗号資産と相続税の国際比較|米国・欧州・アジアの制度差と日本居住者が知るべき視点 excerpt: 暗号資産の相続課税は国によって驚くほど異なる。米国には取得価額が引き上がるステップアップ制度があり、シンガポール・香港には遺産税自体が存在しない。一方日本は最高55%の相続税に加え独自の所得課税が重なる。本記事では主要国の制度を比較し、国際相続で問題となる資産所在地・二重課税・CARFの論点を日本居住者の視点で整理する。 tags: [暗号資産, 国際相続, 相続税, 税制比較, CARF] categorySlugs: [inheritance] assetSlugs: [crypto] readingTime: "7分" lastUpdated: 2026-07-11 series: 相続・資産承継 × 暗号通貨 シリーズ
国境を持たないはずの暗号資産も、相続の瞬間には各国の税制と法制度に組み込まれる。そして、その扱いは国によって驚くほど異なる。遺産税そのものが存在しない国、取得価額が死亡時に洗い替えられる国、最高税率55%で課税する国。本記事では、米国・欧州・アジア主要国の暗号資産相続の制度を比較し、日本居住者が国際的な資産承継を考える際に押さえるべき論点を整理する。
なぜ国によって扱いがこれほど違うのか
相続課税の国際的な違いは、大きく三つの設計思想の差から生まれる。
第一に、課税の主体である。日本のように「財産を受け取った相続人」に課税する遺産取得課税方式と、米国のように「亡くなった人の遺産全体」に課税する遺産課税方式では、税負担の構造がまったく異なる。第二に、課税の有無そのものである。シンガポールや香港のように相続への課税を廃止した国・地域も少なくない。第三に、暗号資産の性質決定である。財産(プロパティ)として扱うか、金融資産として扱うか、単なる無形資産として扱うかにより、評価方法や死亡時の含み益の扱いが変わる。
暗号資産はこの三つの差をすべて増幅する。価格変動が激しいため評価時点の設計が重要になり、含み益が大きくなりやすいため死亡時の課税繰延・洗い替えの有無が税負担を大きく左右するからである。
米国──プロパティ課税とステップアップ・ベーシス
米国の内国歳入庁(IRS)は、暗号資産をデジタル資産(プロパティ)として扱い、株式や不動産と同様の資産課税ルールを適用する(出典は文末)。相続の文脈で最も重要なのは、連邦遺産税の基礎控除が非常に大きいことと、**ステップアップ・ベーシス(取得価額の洗い替え)**の存在である。
連邦遺産税には物価調整される大型の生涯控除枠があり、大多数の世帯は連邦遺産税の課税対象にならない。それ以上に暗号資産保有者にとって決定的なのがステップアップ・ベーシスである。被相続人が安値で取得した暗号資産を相続すると、相続人の取得価額は死亡時の時価に引き上げられる。つまり、被相続人の生前に積み上がった含み益への所得課税は、相続を境に事実上消滅する。早期からビットコインを保有してきた層にとって、これは極めて大きな税務上の恩恵となる。
ただし州レベルでは別途遺産税・相続税を課す州があり、また米国市民・居住者でない者が米国内資産を残した場合の非居住者遺産税は控除枠が小さい。米国取引所に資産を置く非居住者は、この論点を見落としやすい。
欧州──国ごとにばらつく相続税制と、統一が進む暗号資産規制
欧州では、暗号資産の規制はMiCA(暗号資産市場規制)によりEUレベルで統一が進んだ一方、相続税制は各国の主権に委ねられたままで、ばらつきが大きい(出典は文末)。
英国は、暗号資産を課税対象資産として扱い、遺産税(Inheritance Tax)の標準税率は40%である。基礎控除(nil-rate band)を超える遺産に課税され、暗号資産も死亡時の市場価値で遺産に算入される(出典は文末)。英国税務当局(HMRC)は暗号資産の税務ガイダンスを比較的早くから整備しており、「秘密鍵を失ってもそれだけでは資産の処分(損失確定)にならない」という実務上重要な見解も示している。
ドイツは相続税があるものの、配偶者・子への手厚い人的控除があり、また暗号資産を1年超保有してから売却した場合の個人のキャピタルゲインが非課税になる制度と相まって、長期保有者に比較的親和的な環境と評される。フランスは直系への累進課税で最高税率が高く、イタリアは相続税率が低い、というように、EU内ですら税負担は大きく異なる。富裕層の国際移住の意思決定に相続税制が影響する構図は、暗号資産の時代にも変わっていない。
アジア──遺産税なき金融ハブと、高税率の日本
シンガポールは2008年に遺産税(Estate Duty)を廃止しており、相続時の課税は存在しない。またキャピタルゲイン課税も原則として存在しないため、暗号資産の含み益は生前も死後も個人レベルでは課税されにくい(出典は文末)。香港も2006年に遺産税を廃止済みである。両者が暗号資産ビジネスと富裕層資産管理のハブとして選好される背景には、この税制環境がある。
対照的に日本は、相続税の最高税率が55%と世界最高水準にある。基礎控除は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で、暗号資産は相続開始時の取引価格で評価される(出典は文末)。さらに日本特有の重い論点として、相続人がその暗号資産を売却する際、譲渡益は原則として雑所得として総合課税され、所得税・住民税合わせて最高55%の税率が適用され得る。相続税と所得課税が別個に発生するため、含み益の大きい暗号資産では、トータルの税負担が資産価値の大半に達するケースも理論上あり得る。相続税と所得税の二重負担を調整する取得費加算の特例など、使える制度の確認が実務上不可欠である。
国際相続で問題になる三つの論点
資産の「所在地」はどこか
相続税の課税範囲は、被相続人・相続人の居住地と資産の所在地で決まるのが一般的だ。しかし暗号資産の「所在地」の判定は本質的に難しい。秘密鍵の保管場所か、取引所の法人所在地か、それとも保有者の居住地か。各国の税務当局の整理は発展途上であり、日本の実務では被相続人の住所等を基準に判断する考え方が示されているが、国をまたぐケースでは解釈の余地が残る。海外取引所に資産を置く場合、この不確実性そのものがリスクである。
二重課税のリスク
日本は相続税に関する租税条約をほとんど締結しておらず(米国との遺産・相続税条約が例外的な存在)、外国で相続税に相当する税が課された場合は国内法の外国税額控除で調整するのが基本となる。暗号資産のように所在地判定が曖昧な資産は、複数国が課税権を主張する事態を招きやすく、控除の適用可否の検討が欠かせない。
CARF──暗号資産の税務情報は国際的に共有される時代へ
OECDは、暗号資産取引の税務情報を各国当局間で自動的に交換する枠組みであるCARF(Crypto-Asset Reporting Framework)を策定し、多数の国・地域が導入を表明している(出典は文末)。従来の共通報告基準(CRS)が銀行口座を対象としてきたのと同様に、暗号資産の保有・取引情報も国際的に捕捉される方向が確立しつつある。「海外取引所に置けば見えない」という前提はすでに成立しない。国際的な資産承継の設計は、完全な透明性を前提に組み立てるべき局面に入っている。
日本居住者の視点──制度差を踏まえた現実的な整理
以上を踏まえ、日本居住者が押さえるべきポイントを整理する。
第一に、日本の相続税は居住者の全世界財産に及ぶ。海外取引所やハードウェアウォレットの資産も課税対象であり、保有地を変えるだけの「対策」は機能しない。国外財産調書などの報告制度への対応も必要になる。
第二に、相続税の観点だけで海外移住を判断すべきではない。日本の相続税は、被相続人と相続人の双方が長期間(原則10年超)国外に居住して初めて国外財産が課税対象から外れる建付けであり、短期的な移住では効果がない。移住はライフプラン全体の意思決定であり、税はその一要素に過ぎない。
第三に、制度差は「どこに資産を置くか」より「どう記録し、どう引き継ぐか」に効いてくる。米国のステップアップのような恩恵は日本居住者には基本的に及ばない以上、日本居住者にとっての実務の中心は、取得価額の記録保存、相続開始時の評価の備え、納税資金の確保、そして秘密鍵の承継設計である。国際比較から得るべき教訓は、羨望ではなく、自国制度の正確な理解に基づく早期の設計だと言える。
出典
- IRS「Digital Assets」(米国の暗号資産税務の基本方針) https://www.irs.gov/filing/digital-assets
- IRS「Estate Tax」(連邦遺産税の概要) https://www.irs.gov/businesses/small-businesses-self-employed/estate-tax
- GOV.UK「How Inheritance Tax works」(英国遺産税の税率・控除) https://www.gov.uk/inheritance-tax
- HMRC「Cryptoassets Manual」 https://www.gov.uk/hmrc-internal-manuals/cryptoassets-manual
- ESMA「Markets in Crypto-Assets Regulation (MiCA)」 https://www.esma.europa.eu/esmas-activities/digital-finance-and-innovation/markets-crypto-assets-regulation-mica
- IRAS「Estate Duty」(シンガポールの遺産税廃止) https://www.iras.gov.sg/taxes/other-taxes/estate-duty
- 国税庁「相続税の税率」「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4155.htm / https://www.nta.go.jp/publication/pamph/shotoku/kakuteishinkokukankei/kasoutuka/index.htm
- OECD「Crypto-Asset Reporting Framework (CARF)」 https://www.oecd.org/en/topics/sub-issues/tax-transparency-and-international-co-operation/crypto-asset-reporting-framework.html
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