相続・資産承継 × 債券 シリーズ
相続制度の国際比較と債券投資|日米欧アジアの資産承継ルールを俯瞰する
相続・遺産への課税方式は国によって大きく異なり、外国債券を保有する日本居住者はその違いと無縁ではいられない。日本の遺産取得課税、米国の遺産課税と非居住者ルール、英欧の制度、相続税を廃止したアジアの国々を比較し、国境をまたぐ債券保有の実務論点を整理する。
slug: auto-2026-07-25-global-inheritance-bond-strategies title: 相続制度の国際比較と債券投資|日米欧アジアの資産承継ルールを俯瞰する excerpt: 相続・遺産への課税方式は国によって大きく異なり、外国債券を保有する日本居住者はその違いと無縁ではいられない。日本の遺産取得課税、米国の遺産課税と非居住者ルール、英欧の制度、相続税を廃止したアジアの国々を比較し、国境をまたぐ債券保有の実務論点を整理する。 tags: [国際相続, 相続税比較, 外国債券, 遺産税, クロスボーダー] categorySlugs: [inheritance] assetSlugs: [bonds] readingTime: "6分" lastUpdated: 2026-07-25 series: 相続・資産承継 × 債券 シリーズ
グローバルに分散されたポートフォリオの中で、外国債券は中核的な位置を占める。しかし債券が国境をまたいだ瞬間、承継の問題は一気に複雑になる。相続への課税方式は国によって設計思想から異なり、同じ資産でも「どこの国の、誰が、どの国の債券を持って亡くなったか」で税負担も手続きも変わるからだ。本稿では、主要国の相続・遺産課税制度を類型別に俯瞰し、日本居住者が外国債券を保有する際に押さえるべき論点を整理する。
世界の相続・遺産課税は3つの類型に分かれる
OECDの報告書「Inheritance Taxation in OECD Countries」(2021年)によれば、OECD加盟国のうち24か国が相続税または遺産税を課しており、残りの国は課税を行っていない。課税国の制度は大きく3類型に整理できる。
第一は**遺産取得課税方式(相続税型)**で、財産を受け取った側(相続人)を納税義務者とし、各人の取得額に応じて課税する。日本、ドイツ、フランスなどがこの型である。受け取る人の立場や取得額によって税負担が変わるため、「誰に、どう分けるか」が税額に直結する。
第二は**遺産課税方式(遺産税型)**で、亡くなった人(被相続人)の遺産全体に課税してから分配する。米国、英国が代表例である。遺産全体で税額が決まるため、分け方は原則として税額に影響しない。
第三は非課税型で、相続・遺産税そのものを持たない、あるいは廃止した国々である。この類型の広がりが近年の国際的な特徴であり、後述するアジアの金融ハブが典型となっている。
日本――遺産取得課税と最高55%の累進構造
日本の相続税は遺産取得課税方式を基本とし、基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超える部分に、取得金額に応じて10%から55%の累進税率が適用される。最高税率55%は主要国の中でも高い水準にあり、資産規模の大きい世帯ほど生前からの承継設計の巧拙が手取り承継額を大きく左右する。
日本の制度で国際的に見て特徴的なのは課税範囲の広さである。被相続人または相続人が日本に住所を持つ場合、原則として国外財産を含む全世界の財産が課税対象となる。つまり日本居住者が米国債やドイツ国債を保有していても、それらは日本の相続税の課税対象から外れない。「外国資産だから日本の相続税はかからない」という誤解は、国際相続の実務で最も頻繁に見られる誤りの一つである。
米国――遺産税と「非居住外国人」への課税ルール
米国は連邦レベルで遺産税(Estate Tax)を採用し、最高税率は40%である。米国市民・居住者には大型の統一控除が認められる一方、日本居住者のような**非居住外国人(Non-Resident Alien)**には、米国内に所在するとされる財産(米国situs財産)に対して、わずか6万ドルの控除しか認められない。米国法人の株式は米国situs財産に該当するため、米国株を直接保有したまま相続が発生すると米国遺産税の申告問題が生じ得る。
ここで債券保有者にとって重要なのは、米国債や一定の要件を満たす米国発行体の債券(ポートフォリオ利子非課税制度の対象となる債券)は、非居住外国人の遺産税上、原則として米国内財産に含まれないとされている点である。米国銀行の預金も同様に原則対象外とされる。すなわち、同じ「米国資産」でも株式と債券では遺産税上の扱いが異なり得る。米国資産の承継を考える日本居住者にとって、資産クラスの選択自体がクロスボーダー相続の設計要素になる。なお日米間には相続税・遺産税に関する租税条約が存在し、適用関係は個別事情によって変わるため、実際の判断は国際相続に通じた専門家への確認が不可欠である。
英国・欧州大陸――IHTと分割主義の伝統
英国は遺産課税方式の相続税(Inheritance Tax)を採用し、基礎控除にあたる非課税枠(nil-rate band)は32万5,000ポンド、それを超える部分に原則40%の単一税率が課される。累進ではなく比例的な単一税率という点で日本とは設計が異なる。
欧州大陸では遺産取得課税方式が主流である。ドイツは配偶者・子など続柄に応じた非課税枠と7%から50%の累進税率を組み合わせ、フランスも続柄別の控除と累進税率を採用する。続柄が遠いほど税率が重くなる設計は、家族内承継を優遇する思想の表れといえる。またEUでは、国境をまたぐ相続の準拠法を整理するEU相続規則が整備されており、複数国に資産を持つ場合の法的枠組みが一定程度標準化されている。欧州の債券を保有すること自体で直ちに現地相続税が課されるとは限らないが、保有形態(現地口座か国内証券会社経由か)によって手続き負担が変わる点は後述のとおりである。
アジア――相続税を廃止した金融ハブ
アジアに目を転じると風景は一変する。香港は2006年に遺産税を廃止し、シンガポールも2008年に相続税(Estate Duty)を廃止した。中国本土には相続税がなく、インドも1985年に遺産税を廃止している。オセアニアでもオーストラリア、ニュージーランドに相続税はない。富裕層の国際移動が活発化する中で、資産承継に対する課税の有無は居住地選択の一要因となっており、金融ハブ間の競争がこの潮流を後押ししてきた。
ただし「相続税がない国」に資産を置いても、保有者が日本居住者である限り日本の相続税は全世界財産に及ぶ。課税の有無を分けるのは資産の所在地ではなく、原則として人(被相続人・相続人)の住所である。この原則を見誤ると、国外に資産を移すこと自体が目的化した、効果のない対策に陥る。
日本居住者が外国債券を保有する場合の実務論点
制度比較を踏まえ、日本居住者の実務論点は3つに集約される。
論点1:課税は日本、手続きは現地――プロベートの壁
日本の相続税が全世界財産に及ぶ一方、資産の名義移転手続きは資産所在地のルールに従う。米国や英国など英米法系の国では、現地の裁判所が関与する検認手続き(プロベート)が必要になる場合があり、完了まで長期間を要することがある。海外の証券会社に直接口座を開いて外国債券を保有していると、相続人がこの手続きに直面する。国内証券会社の外国債券取扱いを通じて保有していれば、承継手続きは基本的に日本国内で完結する。同じ債券でも「どこで持つか」が承継の難易度を決める――これが国際分散投資と承継設計の交点で最も重要な実務知である。
論点2:評価と為替
国外財産も日本の財産評価基本通達に基づいて評価され、課税時期の為替レートで円換算される。外国債券の評価額は現地価格と為替の両方で変動するため、納税資金計画には為替変動の余裕幅を持たせる必要がある。また、相続財産の把握という点でも、国外財産は家族から見えにくい。一定額超の国外財産を持つ居住者には国外財産調書の提出制度もあり、保有状況を整理した財産目録を生前から用意しておくことが、税務と承継実務の双方で有効に働く。
論点3:二重課税と条約・外国税額控除
外国で相続税・遺産税が課され、同じ財産に日本の相続税も課される場合、日本の制度には外国税額控除の仕組みがあり、租税条約と併せて二重課税の調整が図られる。ただし控除には限度があり、手続きも複雑になるため、そもそも外国で課税関係が生じにくい資産構成を選ぶことが第一の防衛線となる。前述のとおり、米国資産の中でも債券は株式より遺産税上の扱いが有利になり得るという非対称性は、その代表例である。
まとめ――制度の違いを知ることが最大のリスク管理
相続・遺産課税の制度は、遺産取得課税・遺産課税・非課税という3類型に分かれ、税率も控除も国ごとに大きく異なる。日本居住者にとっての結論は明快で、①日本の相続税は資産の所在地を問わず及ぶこと、②外国債券は「どの国の資産か」より「どこで・どの形で持つか」が承継の難易度を左右すること、③米国のように資産クラスで課税上の扱いが分かれる国があること、の3点を押さえたうえで、国際相続に通じた税理士・弁護士と設計を進めることである。本稿は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務・法務判断は必ず専門家に確認されたい。
出典
- OECD — Inheritance Taxation in OECD Countries (2021)
- 国税庁 タックスアンサー No.4138 相続人が外国に居住しているとき
- 国税庁 タックスアンサー No.4152 相続税の計算
- IRS — Estate Tax for Nonresidents Not Citizens of the United States
- GOV.UK — How Inheritance Tax works: thresholds, rules and allowances
- Inland Revenue Authority of Singapore — Estate Duty
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