相続・資産承継 × 株式 シリーズ
株式の資産承継は国でこう変わる|米欧アジアの相続制度比較と日本居住者のアクセス手段
株式を世代へ引き継ぐルールは国によって大きく異なる。相続税の有無、評価のタイミング(取得原価の引き継ぎか時価リセットか)、非居住者への課税——これらの違いは承継設計を左右する。本稿は米欧アジアの制度を「相続課税」「評価の起点」「国境をまたぐ課税」の3軸で比較し、日本居住者が海外株式を承継する際の論点を整理する。
slug: auto-2026-08-29-global-inheritance-equity-comparison title: 株式の資産承継は国でこう変わる|米欧アジアの相続制度比較と日本居住者のアクセス手段 excerpt: 株式を世代へ引き継ぐルールは国によって大きく異なる。相続税の有無、評価のタイミング(取得原価の引き継ぎか時価リセットか)、非居住者への課税——これらの違いは承継設計を左右する。本稿は米欧アジアの制度を「相続課税」「評価の起点」「国境をまたぐ課税」の3軸で比較し、日本居住者が海外株式を承継する際の論点を整理する。 tags: [国際比較, 相続税, 株式, 資産承継, 海外投資] categorySlugs: [inheritance] assetSlugs: [stocks] readingTime: "6分" lastUpdated: 2026-08-29 series: 相続・資産承継 × 株式 シリーズ
同じ「株式を次世代へ引き継ぐ」という行為でも、それを規律するルールは国によって驚くほど異なります。相続に税がかかるのか、株式の評価はいつの価格で行うのか、国境をまたいで保有する資産にどの国が課税するのか——こうした制度の違いは、承継の設計そのものを左右します。本稿では、税率の細かな数字ではなく制度の「型」に注目し、米欧アジアの相続制度を3つの軸で比較したうえで、日本居住者が海外株式を承継する際に押さえておくべき論点を整理します。
※制度の詳細・税率・非課税枠は各国で頻繁に改正されます。本稿は一般的な制度の枠組みを解説するものであり、実際の手続きは必ず最新の一次情報と専門家の確認に基づいて行ってください。
軸1|そもそも相続に課税するのか——「相続税型」と「無税型」
第一の分かれ目は、資産を次世代へ渡すこと自体に税を課すかどうかです。世界の制度は大きく3つの型に分類できます。
相続人課税型(遺産取得課税)
相続人が受け取った財産の額に応じて課税する方式で、日本やドイツ、フランスなどが採用しています。受け取る側の取得額をベースに累進的に課税されるのが特徴で、株式もその評価額に応じて課税対象に含まれます。多くの国で、近親者ほど税負担が軽くなる仕組みや一定の非課税枠が設けられています。
遺産課税型
被相続人が遺した財産の総額に対して課税する方式で、米国(連邦遺産税)や英国が代表例です。誰が受け取るかではなく、遺された財産の総額を基準とする点が相続人課税型と異なります。米国の連邦遺産税には大きな基礎控除があり、多くの一般家庭は連邦レベルでは課税対象になりませんが、大規模な資産を持つ層には重要な論点となります。
相続無税型
そもそも相続・遺産に対する国レベルの税を課さない国・地域もあります。シンガポールや香港、オーストラリアなどは相続税を持たないことで知られます(ただし他の税や手数料、居住・国籍要件が関わる場合があります)。無税型の法域は資産承継の観点から注目されますが、移住には生活・事業・為替・他税制など多面的な検討が不可欠であり、税だけで判断すべきではありません。
軸2|株式の評価はいつの価格か——「取得原価引き継ぎ」と「時価リセット」
見落とされがちですが、承継後に次世代が株式を売却したときの譲渡益課税に決定的な影響を与えるのが「評価の起点(コストベース)をどう扱うか」です。
取得原価を引き継ぐ方式
被相続人が取得したときの価格(取得原価)を、相続人がそのまま引き継ぐ方式です。この場合、被相続人が長年保有して大きく値上がりした株式を相続人が売却すると、被相続人の取得時からの値上がり益全体が譲渡益課税の対象になり得ます。日本はこの取得費引き継ぎの考え方を基本としています。
相続時に時価へリセットされる方式(ステップアップ)
相続の時点の時価を新たな取得原価とみなす方式で、米国の「ステップアップ・イン・ベイシス」が代表例です。この仕組みでは、被相続人の保有期間中に生じた値上がり益に対する譲渡益課税が事実上リセットされ、相続人はその後の値上がり分だけを課税対象として引き継ぎます。長期保有で大きく含み益を抱えた株式ほど、この違いの影響は大きくなります。
この「評価の起点」の違いは、相続税の有無と並んで、あるいはそれ以上に承継後の実質的な手取りを左右することがあります。承継設計では相続税だけでなく、その後の譲渡益課税まで一気通貫で考える視点が欠かせません。
軸3|国境をまたぐとどうなるか——非居住者・所在地課税の問題
海外株式を保有・承継する場合、「その資産がどの国にあるとみなされるか」「非居住者にも課税されるか」という国際課税の論点が生じます。
所在地(シチュス)による課税
一部の国は、被相続人が非居住者・非国籍者であっても、自国に「所在する」とみなされる資産には相続・遺産課税を及ぼします。とりわけ注意が必要なのが米国です。米国は非居住外国人が保有する「米国所在資産」に対して連邦遺産税を課す枠組みを持ち、米国株式は原則としてこの米国所在資産に該当し得ます。しかも非居住外国人の基礎控除は、米国市民・居住者に認められる大きな控除よりも大幅に小さいのが一般的です。
これは日本居住者にとって現実的な論点です。米国の個別株式を直接大量に保有したまま相続が発生すると、米国の連邦遺産税の対象となる可能性が理論上生じ得ます。一方、米国株式に投資する場合でも、保有の器(直接保有か、投資信託・ETF等の集合投資スキームを通じた保有か、どの国籍のファンドか)によって所在地の扱いが変わり得るため、器の選択が重要になります。
二重課税と租税条約
同じ資産に複数の国が課税しようとする二重課税を調整するため、国家間では租税条約や外国税額控除の仕組みが整備されています。日本も多くの国と租税条約を締結しており、相続・贈与に関する条約や外国税額控除により、二重課税が一定程度緩和される場合があります。ただし適用の可否・範囲は個別事情に強く依存するため、国境をまたぐ承継では早い段階での専門家関与が不可欠です。
日本居住者から見た海外株式へのアクセス手段
制度の違いを踏まえたうえで、日本居住者が海外株式を承継資産として保有する際の代表的な手段を整理します。
国内証券会社を通じた外国株式
多くの国内証券会社が、外国株式や海外ETFへの投資手段を提供しています。円貨・外貨での取引、特定口座への対応など、税務手続きの利便性が国内完結する点が利点です。ただし取扱銘柄や制度は各社で異なります。
投資信託・ETFを通じた間接保有
個別の海外株式を直接保有する代わりに、世界株式や特定地域の株式に投資する投資信託・ETFを通じて間接的に保有する方法です。分散が効きやすく、承継資産の土台に向く一方、前述のとおりファンドの国籍・スキームによって国際課税上の扱いが変わり得る点は理解しておく必要があります。
海外口座の直接保有
海外の金融機関に直接口座を開設して保有する方法もありますが、開設要件、現地の税務・報告義務、相続時の現地手続き(プロベート等)の煩雑さなど、承継の観点ではハードルが高くなりがちです。相続発生時に、遺族が海外の口座情報や手続きにアクセスできるかという実務的な問題も無視できません。
承継設計における国際視点のまとめ
株式の資産承継を国際的な視点で見ると、押さえるべき論点は次の3つに集約されます。第一に、相続そのものに課税する国か否か(相続課税の型)。第二に、承継後の売却で問われる評価の起点が取得原価引き継ぎか時価リセットか。第三に、国境をまたぐ保有で生じる所在地課税・非居住者課税と二重課税の調整です。
重要なのは、これらが相互に絡み合うことです。相続税のない国に資産があっても、評価の起点や所在地課税の扱い次第で承継後の実質的な負担は変わります。逆に相続税のある国でも、条約や控除、保有の器の選び方によって負担を適正化できる余地があります。
制度は改正が頻繁で、個別事情への依存度も高い分野です。本稿で示した「型」の理解を土台に、実際の承継設計は必ず最新の一次情報と、国際相続に精通した税理士・弁護士の確認のもとで進めてください。
次に読みたい
- なぜ株式が世代をまたぐ資産になり得るのか(基礎・原理編)
- 承継を見据えた株式の評価指標とチェックリスト(実践・選び方編)
- 海外ETFと国内投資信託——器の違いが承継に与える影響
- 租税条約と外国税額控除の基礎——二重課税をどう調整するか
本稿は教育・情報提供を目的とした一般的な解説であり、特定の銘柄・商品の推奨や投資助言、税務助言を行うものではありません。各国の税制・非課税枠・条約の適用は頻繁に改正され、個別事情に強く依存します。実際の国際相続・資産承継にあたっては、必ず最新の一次情報を確認し、国際税務に精通した税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。
出典
- 財務省 租税条約に関する情報: https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/international/
- 国税庁 相続税・贈与税に関する情報: https://www.nta.go.jp/
- OECD 相続・遺産・贈与税に関する統計・分析: https://www.oecd.org/tax/
- 米内国歳入庁(IRS)Estate Tax: https://www.irs.gov/businesses/small-businesses-self-employed/estate-tax
