節税 × 不動産 シリーズ
【2026年版】不動産税制の国際比較|米国・英国・シンガポール・ドバイと日本の課税構造を読み解く
日本居住者が海外不動産を保有・売却する際に直面する税制差を、米国・英国・シンガポール・ドバイ・豪州の制度比較から整理。減価償却・キャピタルゲイン・固定資産税・相続税・源泉徴収の5軸で違いを可視化し、クロスボーダー投資の論点を解説。
slug: auto-2026-06-02-real-estate-tax-global-comparison title: 【2026年版】不動産税制の国際比較|米国・英国・シンガポール・ドバイと日本の課税構造を読み解く excerpt: 日本居住者が海外不動産を保有・売却する際に直面する税制差を、米国・英国・シンガポール・ドバイ・豪州の制度比較から整理。減価償却・キャピタルゲイン・固定資産税・相続税・源泉徴収の5軸で違いを可視化し、クロスボーダー投資の論点を解説。 tags: [海外不動産, 国際税務, クロスボーダー, シンガポール不動産, 米国不動産] categorySlugs: [tax] assetSlugs: [real-estate] regionSlugs: [global] readingTime: "6分" lastUpdated: 2026-06-02 series: 節税 × 不動産 シリーズ
不動産は土地に根ざす資産であり、課税は所在地国の法令に従う。一方で、所有者が居住する国は別途、世界所得への課税権を主張する。結果として、海外不動産を保有する日本居住者は「現地国の不動産課税」と「日本の所得税・相続税」の両方に直面し、租税条約による外国税額控除で二重課税を緩和することになる。本稿は、米国・英国・シンガポール・ドバイ・豪州という代表5カ国の不動産税制を、減価償却・キャピタルゲイン・保有税・相続税・源泉徴収の5軸で比較する。日本居住者が「どの国の物件をどの形で持つか」を判断するための、国際視点の解説である。
なぜ「国際比較」が重要なのか
日本国内で完結する不動産投資なら、税制は基本的に日本のものだけを理解すればよい。だが富裕層が海外不動産に目を向ける動機は3つある。第一に、為替・地理・通貨建ての分散効果。第二に、現地の長期的な人口増加・経済成長による値上がり期待。第三に、ビザ・市民権取得のための投資要件である。
しかし「現地の制度が日本と違う」ことを知らずに購入すると、思わぬ税負担に直面する。例えば米国不動産の売却益にはFIRPTA源泉徴収が課され、英国はノンドミサイル制度の改正で世界所得課税の枠組みが変わり、シンガポールには追加バイヤースタンプデューティ(ABSD)が課される。本稿はその「思わぬ税負担」を事前に可視化する役割を担う。
なお2020年度税制改正により、国外中古不動産の減価償却を使った日本での損益通算は認められなくなった[^1]。海外不動産による「日本での」節税は基本的に成立しないという前提を、まず押さえておきたい。
比較軸1:減価償却制度の違い
各国の建物減価償却制度は驚くほど異なる。
米国:商業用不動産は39年、住宅用賃貸は27.5年の定額法で償却する[^2]。日本のように構造別の細分化は少ない。中古物件でも残存耐用年数を再計算せず、原則として27.5年/39年のフルスパンが適用される。コストセグリゲーションスタディ(建物内の設備・改良部分を個別に分離して短期償却する手法)は、米国不動産特有の節税技法として広く活用されている。
英国:商業用不動産は2008年以降、原則として減価償却が認められない(Industrial Buildings Allowanceが廃止)。住宅用不動産も同様である。代わりにキャピタルゲイン税の計算で取得価額調整が認められる程度に留まる。「英国不動産には節税としての減価償却がない」と覚えておくと良い。
シンガポール:住宅用不動産には減価償却の概念がない(賃貸所得から経費控除可能だが、建物原価の按分償却は不可)。商業用不動産でも限定的である。
ドバイ(UAE):個人所得税自体が存在しないため、減価償却の議論が生じない。法人課税は2023年に導入されたが、不動産個人保有者には基本的に無関係。
豪州:住宅用不動産(賃貸目的)は Capital Works Deduction として建設費の2.5%(40年)が控除可能。設備・備品(カーペット・電化製品等)は Depreciating Assets として個別償却。築年数による調整があり、1987年以降建設の物件のみ建設費控除の対象となる[^3]。
比較軸2:キャピタルゲイン課税
売却益への課税は、保有期間と居住者ステータスで大きく変動する。
米国:長期キャピタルゲイン(保有1年超)は最大20%(追加で NIIT 3.8%)。短期は通常所得税率(最大37%)。州税は別途課される。州によっては州税なし(テキサス、フロリダ等)。
英国:個人の不動産キャピタルゲイン税は基本税率18%、高所得層24%(2024年度引き下げ後)[^4]。年間免税枠は2024年度以降£3,000まで縮小。
シンガポール:個人のキャピタルゲイン税はゼロ。ただし不動産短期売買と判断されると事業所得として課税される。明確な期間規定はなく、IRAS(シンガポール税務当局)が個別判定する。
ドバイ:個人のキャピタルゲイン税はゼロ。
豪州:保有1年超なら課税対象額が50%に減額される(CGT discount)。非居住者には2012年以降この50%控除が適用されない[^5]。
日本居住者は世界所得課税を受けるため、海外で売却益が発生すれば日本でも申告対象となる。現地で課税済みの分は外国税額控除で調整される。
比較軸3:保有期間中の課税(固定資産税・賃貸所得課税)
毎年発生する保有コストは長期キャッシュフローを左右する。
米国:固定資産税(property tax)は州・郡・市が課税し、税率は0.3〜2.5%程度と地域差が大きい。ニューヨーク州・ニュージャージー州・テキサス州は2%前後、カリフォルニアやハワイは0.5〜0.8%前後[^6]。
英国:Council Tax は居住者課税が原則だが、賃貸物件でも空室時は所有者負担となるケースがある。賃貸所得は通常所得として基本税率20%・高所得層40%が適用される。
シンガポール:物件税(property tax)は自宅用と賃貸用で異なる。賃貸用は12〜36%の累進構造(年額賃貸価値ベース)。賃貸所得は通常所得税率(最高22%、2024年以降24%)。
ドバイ:物件税は存在しないが、登録時に4%の Dubai Land Department fee がかかる。賃貸所得は個人なら非課税。
豪州:州ごとに Land Tax を課税。ニューサウスウェールズ州・ビクトリア州は累進構造で、外国人保有者にはサーチャージ(追加課税)あり。賃貸所得は通常所得(最高45%)。
比較軸4:相続税・贈与税
これが最も国別差が大きい領域だ。
米国:連邦遺産税は2026年に基礎控除が再設定される予定(2025年末で従来の高額控除が失効、約半額に)。非居住外国人が米国不動産を残した場合、基礎控除はわずか$60,000に過ぎず、それを超える部分は最大40%課税される[^7]。日本居住者が米国不動産を直接所有する場合、最大のリスクはこの相続税である。LLCや信託を介した保有設計が一般的に検討される。
英国:相続税は40%、基礎控除(Nil Rate Band)は£325,000。英国所在不動産は非居住者でも課税対象。2025年4月以降のドミサイル課税改革で世界所得課税の枠組みが変更されている[^8]。
シンガポール:相続税・遺産税は廃止済(2008年)。贈与税も存在しない。富裕層の資産保全先として人気がある背景。
ドバイ:相続税・贈与税なし。ただしシャリア法の影響で相続手続きが複雑化するケースがあり、英米法ベースの遺言書(DIFC Wills)の作成が一般的。
豪州:相続税・贈与税は廃止済(1979年)。ただし相続による不動産売却にはキャピタルゲイン税の引継ぎ規定がある。
日本居住者は日本で世界中の財産について相続税の対象となる(最高税率55%)。外国税額控除で米国・英国課税分は調整されるが、シンガポール・ドバイ・豪州で課税されない財産でも日本側で課税される点に注意したい。
比較軸5:非居住者への源泉徴収・取引コスト
海外不動産取引には、購入時・売却時の特殊な源泉徴収や追加課税が存在する。
米国 FIRPTA:非居住外国人が米国不動産を売却する際、買い手は売却代金の15%を IRS に源泉徴収する義務がある。最終的な税額は確定申告で精算するが、流動性に直接影響する1。
シンガポール ABSD:外国人が住宅を購入する際の Additional Buyer's Stamp Duty は2023年に60%まで引き上げられた2。シンガポール市民・PR・外国人で税率が大きく異なる。「節税のためのシンガポール不動産」は2023年以降ほぼ成立しない構造になっている。
英国 SDLT:Stamp Duty Land Tax は階段状の累進。非居住者には2021年以降2%のサーチャージが追加された。第二住宅・投資物件には5%の追加課税。
ドバイ:Dubai Land Department fee 4%が取引時に発生(通常買主・売主で折半)。外国人投資家への規制は最小限。
豪州:FIRB(Foreign Investment Review Board)の事前承認が外国人購入には必要。州別のサーチャージ(NSW・VIC・QLD で7〜8%程度)が課される。
5カ国の総合比較表
| 軸 | 日本 | 米国 | 英国 | シンガポール | ドバイ | 豪州 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 減価償却 | あり(構造別) | あり(27.5/39年) | なし | 限定的 | 概念なし | あり(2.5%/年) |
| キャピタルゲイン | 長期20% | 連邦最大20% | 最大24% | ゼロ | ゼロ | 50%控除あり |
| 保有税 | 固定資産税1.4%目安 | 0.3〜2.5% | 限定的 | 12〜36% | なし | 州別Land Tax |
| 相続税 | 最大55% | 最大40%(控除$60k) | 40% | なし | なし | なし |
| 取引時追加課税 | 不動産取得税 | FIRPTA15% | SDLT追加2-5% | ABSD最大60% | 4% | FIRBサーチャージ |
日本居住者から見たアクセス手段
5カ国の制度差を踏まえ、日本居住者が海外不動産にアクセスする経路を整理する。
直接所有:所在国の課税+日本での申告。最もシンプルだが、相続時の手続き(プロベート)が現地で必要になる。米国は特に注意。
LLC・現地法人を介した所有:相続税対策・有限責任化のメリットあり。ただし「米国LLCを日本居住者が保有」というケースで、日本側でLLCを法人と見なすか組合と見なすかの判定が複雑化する。
信託・基金経由:英米圏では一般的だが、日本居住者にとって税務上の取扱いが不安定な領域。専門家関与必須。
REIT・上場不動産ファンド:流動性が高く、税務もシンプル。物理的な不動産所有のメリット(節税・実物保有感)は得られないが、入口として最も現実的。
不動産小口化商品・私募ファンド:国境を跨ぐ小口化商品は、現地税制と日本側の所得分類が組み合わさり、節税効果が不透明になりやすい。
クロスボーダー保有の3つの落とし穴
最後に、日本居住者が海外不動産で陥りやすい落とし穴を3つ挙げる。
1. 国外中古不動産の損益通算不可:2020年度税制改正で完全に封じられた。「米国の築古物件で減価償却」は日本の節税にはならない3。
2. 米国の非居住者相続税:基礎控除$60,000のみで、それを超える部分は最大40%。直接所有は事実上避けるべき。
3. 為替リスクと利益確定タイミング:現地通貨建てで利益が出ても、円高局面で円換算すると損失になりうる。為替を含めた実質リターンで判断する必要がある。
まとめ:節税目的なら国内、分散目的なら海外
国際比較を通じて見えてくるのは、「節税目的では日本国内不動産が最も合理的」という事実である。海外不動産による日本での節税は2020年以降ほぼ封じられ、現地国でも投資家サーチャージや高額な取引時課税が課される傾向にある。
一方で、通貨分散・地理分散・成長地域へのエクスポージャという観点では海外不動産には固有の価値がある。米国は世界最大の市場・透明性・税制の予測可能性。英国は法人・信託インフラの成熟。シンガポール・ドバイはキャピタルゲイン・相続が非課税。豪州は人口増加と西側民主主義の安定性。
「節税のために海外不動産」ではなく、「分散のために海外不動産、節税のために国内不動産」と目的別に切り分けるのが、現代の富裕層にとって現実的な解である。
次に読みたい
- 米国不動産の保有スキーム:LLC・信託・直接所有の税務比較
- シンガポール ABSD 60% 時代の代替投資先:マレーシア・タイの不動産税制
- 国外財産調書・国外送金等調書の実務:富裕層が抑えるべき申告義務
- 通貨建てリターンと為替ヘッジ:海外不動産の実質利回り計算
Footnotes
-
IRS "Foreign Investment in Real Property Tax Act (FIRPTA)" https://www.irs.gov/individuals/international-taxpayers/firpta-withholding ↩
-
Inland Revenue Authority of Singapore "Additional Buyer's Stamp Duty (ABSD)" https://www.iras.gov.sg/taxes/stamp-duty/for-property/buying-or-acquiring-property/additional-buyer's-stamp-duty-(absd) ↩
-
国税庁「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1391.htm ↩
