相続・資産承継 × 株式 シリーズ
株式の相続課税はなぜ国ごとに正反対なのか|主要国制度比較と日本居住者の実務論点
相続課税の世界地図は三つの型に分かれる。遺産全体に課す米英型、取得者ごとに課す日独型、相続税を廃止しキャピタルゲイン課税で代替する豪加型。どの型かによって「含み益のある株式を渡す最適解」は正反対になる。さらに米国株は所在地ルールにより非居住者にも遺産税が及ぶ。制度の型と日本居住者の論点を整理する。
slug: auto-2026-10-31-global-inheritance-equity-comparison title: 株式の相続課税はなぜ国ごとに正反対なのか|主要国制度比較と日本居住者の実務論点 excerpt: 相続課税の世界地図は三つの型に分かれる。遺産全体に課す米英型、取得者ごとに課す日独型、相続税を廃止しキャピタルゲイン課税で代替する豪加型。どの型かによって「含み益のある株式を渡す最適解」は正反対になる。さらに米国株は所在地ルールにより非居住者にも遺産税が及ぶ。制度の型と日本居住者の論点を整理する。 tags: [相続, 資産承継, 株式, 国際比較, 米国遺産税, 二重課税] categorySlugs: [inheritance] assetSlugs: [stocks] readingTime: "11分" lastUpdated: 2026-10-31 series: 相続・資産承継 × 株式 シリーズ
「相続税の最高税率が低い国の方が有利」という比較は、ほとんど意味をなさない。相続課税は税率より課税の型が結果を左右する。誰に課すのか、何を課税のきっかけとするのか、含み益をどう扱うのか——この三点の組み合わせが国ごとに異なり、同じ「株式を次世代へ渡す」という行為の最適解を正反対にする。本稿では主要国の制度を型で分類し、日本居住者が国際分散した株式を保有する場合の実務論点を整理する。
1. 相続課税は三つの型に分かれる
型1:遺産課税方式(Estate Tax)
死亡した人の遺産全体を課税対象とし、遺産から税を払った後の残りを相続人に分配する。課税主体から見れば「誰が受け取るか」は関係ない。米国の連邦遺産税、英国の相続税(Inheritance Tax)がこの型である。
この型の特徴は、遺言執行者や遺産財団(estate)が納税義務者になることだ。相続人の人数や続柄によって税額が変わらない代わりに、遺産の集計と評価、納税までを一元的に処理する枠組みが必要になる。米英でプロベート(遺言検認)手続が制度化されているのは、この型と不可分である。
型2:遺産取得課税方式(Inheritance Tax/取得者課税)
財産を取得した人ごとに課税する。同じ遺産額でも、相続人の人数、続柄、各人の取得額によって税額が変わる。日本、ドイツ、フランス、韓国などがこの型を採る(日本は法定相続分課税方式を併用した独自の構造を持つ)。
この型では、配偶者や子への配慮を税額控除や基礎控除として組み込みやすい。日本の配偶者の税額軽減や基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人数)、ドイツやフランスの続柄別の控除額は、いずれもこの型の特性を活かした設計である。
型3:相続税を課さず、キャピタルゲイン課税で代替する型
相続税・遺産税そのものを持たない国がある。ただし「無税」ではない。オーストラリアやカナダは相続税を廃止・不採用としつつ、死亡を契機とした資産移転をキャピタルゲイン課税(CGT)の枠組みで捉える。
カナダでは死亡時に資産を公正市場価値で処分したものとみなし(deemed disposition)、含み益に所得課税が生じる。オーストラリアでは死亡時点ではCGTイベントを生じさせず、受益者が被相続人の取得価額(cost base)を引き継ぐロールオーバーが働き、受益者が実際に売却したときに課税される。
同じ「相続税なし」でありながら、カナダは死亡時に課税、オーストラリアは繰延——正反対の設計である。「相続税がない国」という一括りが、いかに情報量を持たないかがわかる。
2. 主要国の制度を比較する
以下は株式を承継する場合に効く論点を軸にした整理である。金額や税率は改正されるため、構造の比較として読んでほしい。
| 国・地域 | 課税の型 | 株式の含み益の扱い | 承継設計上の主な論点 |
|---|---|---|---|
| 日本 | 遺産取得課税(法定相続分課税) | 取得費を引継ぎ(繰延) | 評価通達による画一評価、金銭一括納付、事業承継税制 |
| 米国 | 遺産課税 | 死亡時に基準価額がステップアップ | 高額の統一控除、非居住者の所在地課税、プロベート |
| 英国 | 遺産課税 | 死亡時に取得価額が死亡時価値に | 長期居住基準への移行、非課税枠の凍結 |
| ドイツ | 遺産取得課税 | 取得価額を引継ぎ | 続柄別控除、事業用財産の優遇 |
| フランス | 遺産取得課税 | 取得価額の扱いは資産区分で異なる | 直系卑属への高累進、留保分(réserve) |
| 韓国 | 遺産取得課税 | 取得価額を引継ぎ | 高い最高税率、支配株主株式への割増評価 |
| シンガポール | 相続課税なし | 原則としてCGT自体が存在しない | 現地の相続法・プロベート手続 |
| 香港 | 相続課税なし | 原則としてCGT自体が存在しない | 現地のプロベート手続 |
| オーストラリア | 相続課税なし | 受益者が取得価額を引継ぎ(ロールオーバー) | 外国居住受益者への移転時の取扱い |
| カナダ | 相続課税なし | 死亡時にみなし譲渡で課税 | 配偶者ロールオーバー、死亡年度の申告 |
比較から見える三つの非対称
第一に、含み益の扱いが制度の最大の分岐である。 米英のように死亡時に取得価額が引き上げられる制度では、「含み益のある株式は売らずに相続させる」ことが強く有利になる。日独韓のように取得価額を引き継ぐ制度では、含み益はいずれ誰かが払うため、「いつ・誰が売るか」の設計が重要になる。カナダのように死亡時に課税される制度では、生前の計画的な実現が検討対象になる。同じ行動が制度によって最適から最悪まで振れる。
第二に、相続税の有無と総負担は相関しない。 相続税のないシンガポールや香港は総負担も軽いが、相続税のないカナダは死亡時のみなし譲渡課税によって相当の負担が生じ得る。税目の存在ではなく、課税契機で比較する必要がある。
第三に、事業用財産の優遇は多くの国に共通する。 ドイツの事業用財産に対する減免、日本の事業承継税制による納税猶予など、同族企業の支配株式については別枠の制度が置かれる傾向が強い。上場株式と非上場の支配株式は、国際比較においても異なる資産として扱われる。
3. 「どこの株式か」が課税を決める——所在地(situs)ルール
国際分散投資をしている場合、最も見落とされやすく、最も金額影響が大きいのがこの論点である。
多くの国は、非居住者であっても自国に所在する財産については相続・遺産課税を及ぼす。問題は「株式の所在地はどこか」という判定だ。株式は無形資産であり、物理的な所在がない。各国は独自のルールでこれを決めている。
米国の連邦遺産税では、米国法人の株式は、株券や口座がどこにあっても米国所在財産として扱われる。日本居住者が日本の証券会社の口座で米国株を保有していても、米国遺産税の課税対象資産になり得るということだ。
さらに重要なのは控除額の非対称である。米国市民・居住者には高額の統一控除(basic exclusion amount)が用意されているが、非居住外国人に対しては米国所在財産について極めて小さい控除額(内国歳入法典上、長年にわたり6万ドル)しか認められないのが原則である。米国株を一定規模保有する日本居住者は、理論上この課税に触れる。
ただし日米間には相続税に関する条約が存在し、条約の適用により、全世界財産に対する米国所在財産の比率に応じて統一控除を按分して適用する救済が図られる構造になっている。条約があるために実際の負担は原則ルールほど重くならないが、申告義務そのものが消えるわけではない点が実務上の要注意事項である。
対照的に、米国の贈与税については、非居住外国人が保有する株式(無形資産)は原則として課税対象外とされている。遺産税では課税され、贈与税では課税されないという非対称が存在する。この構造は生前移転の設計において意味を持つ。
英国についても同様に、英国法人の株式は英国所在財産とされ、非居住者であっても英国相続税の対象となり得る。ドイツ、フランスも自国所在財産課税の規定を持つ。「海外の株式を買う」という行為は、暗黙のうちに複数国の相続課税圏に足を踏み入れる行為である。
4. 日本居住者から見た実務論点
米国株へのアクセス手段と課税の違い
米国株式へのエクスポージャーを取る方法は複数あり、所在地ルール上の扱いが異なる。
米国法人の個別株を直接保有する場合、前述のとおり米国所在財産として米国遺産税の対象になり得る。
米国上場ETFを保有する場合も、その多くは米国法人(または米国で設立された投資信託)であるため、同様に米国所在財産として扱われる可能性が高い。「ETFだから対象外」という理解は誤りである。
アイルランド籍などの米国外ETFを通じて米国株に投資する場合、保有している証券自体は米国法人の株式ではないため、米国遺産税の所在地ルールの対象外と整理されるのが一般的である。ただし設立国側の相続課税の取扱いを別途確認する必要があり、「どこにも課税されない」とは限らない。
日本の投資信託を通じて保有する場合は、保有資産は日本の投資信託の受益権であり、日本の相続税の枠組みで評価される。
どれが最適かは保有規模、保有期間、配当課税の効率、コストを合わせて判断する問題であり、相続課税の一点だけで決めるべきものではない。ただし保有規模が大きくなるほど、所在地ルールの影響が他の要素を上回り得るという関係は押さえておく価値がある。
二重課税はどう調整されるか
日本居住者が海外所在財産を相続した場合、現地で課された相続税相当額と日本の相続税が重複する。日本の制度には外国税額控除が設けられており、外国で課された相続税に相当する税額を、一定の限度内で日本の相続税額から控除できる。
ただし控除には限度があり、外国の税率が日本より高い場合、超過部分は控除されず負担として残る。また控除を受けるには外国での課税を証明する資料が必要で、現地手続が完了していなければ日本の申告期限(10か月)に間に合わないという時間的な衝突が生じ得る。
プロベートという非税務コスト
税額とは別に、英米法系の国・地域にはプロベート(遺言検認)という裁判所手続が存在する。米国の州、英国、香港、シンガポール、オーストラリアなどで、現地所在財産の名義移転にこの手続が要求され得る。
プロベートは費用と時間を要し、完了まで1年を超えることもある。しかも手続記録は公開される場合がある。現地で有効な遺言の作成、口座の名義形態(共同名義、死亡時譲渡指定など)の選択によって回避または簡素化できる余地があるが、これらはすべて生前にしか設計できない。
5. 制度比較から導かれる設計原則
国際比較を踏まえると、保有国を問わず成立する原則がいくつか浮かび上がる。
原則1:税率ではなく課税契機で比較する。 相続税の有無ではなく、「死亡時に含み益課税が生じるか、繰り延べられるか、消滅するか」を見る。これが最も大きな差を生む。
原則2:所在地ルールを保有規模の関数として扱う。 少額の米国株に過度な構造を組むのは本末転倒だが、保有規模が大きくなれば所在地ルールはコスト構造の一部になる。閾値を決めて定期的に見直す。
原則3:手続時間を税額と同列に見積もる。 日本の申告期限は10か月、プロベートは1年超。この時間差が納税資金の制約に直結する。
原則4:居住地が変わると全部が変わる。 本人または相続人の居住地・国籍の変更は、適用される制度の型そのものを入れ替える。移住を伴う資産承継は、既存の設計を白紙から見直す必要がある。
まとめ——比較すべきは税率ではなく構造
相続課税の国際比較で意味を持つのは、最高税率の順位表ではなく、誰に課すか・何を契機に課すか・含み益をどう扱うかという三つの構造である。この三点が異なれば、同じ株式ポートフォリオでも最適な承継の形は変わる。
そして国際分散投資をしている限り、保有者は自分の居住国以外の制度にも接触している。米国株を持つことは米国の所在地ルールに触れることであり、英国株を持つことは英国の制度に触れることである。この接触は意図せず発生するため、ポートフォリオの国別構成と、各国の相続課税の接触条件を一度は突き合わせておく価値がある。
次に読みたい
- 株式はなぜ承継に向く資産なのか——分割可能性・評価・課税繰延・支配権分離の原理
- 承継を前提にした株式ポートフォリオの設計基準——七つの判定軸とチェックリスト
- 国際分散ポートフォリオの税務効率——配当源泉税と租税条約の読み方
- 移住と資産承継——居住地変更が相続課税に与える影響
- プロベート回避の実務——現地遺言と口座名義形態の選択
出典
- OECD, Inheritance Taxation in OECD Countries(相続・贈与課税の国際比較):https://www.oecd.org/tax/inheritance-taxation-in-oecd-countries-e2879a7d-en.htm
- OECD, Tax Policy Reforms / Revenue Statistics(相続・贈与税収の各国データ):https://www.oecd.org/tax/tax-policy/
- 米国内国歳入庁(IRS), Estate Tax for Nonresidents not Citizens of the United States:https://www.irs.gov/businesses/small-businesses-self-employed/estate-tax-for-nonresidents-not-citizens-of-the-united-states
- 米国内国歳入庁(IRS), Estate and Gift Taxes(統一控除・所在地財産の取扱い):https://www.irs.gov/businesses/small-businesses-self-employed/estate-and-gift-taxes
- 財務省「租税条約等の一覧」(日米相続税条約を含む):https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/international/tax_convention/index.htm
- 国税庁「外国税額控除(相続税)」:https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4138.htm
- 国税庁「相続税がかかる財産」(居住形態別の課税財産の範囲):https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4105.htm
- 英国 GOV.UK, Inheritance Tax(課税対象・非課税枠):https://www.gov.uk/inheritance-tax
- カナダ歳入庁(CRA), Deemed disposition of property(死亡時のみなし譲渡):https://www.canada.ca/en/revenue-agency.html
- オーストラリア国税庁(ATO), Deceased estates and capital gains tax:https://www.ato.gov.au/
- シンガポール内国歳入庁(IRAS), Estate Duty(2008年以降の廃止):https://www.iras.gov.sg/taxes/other-taxes/estate-duty
- 香港税務局(IRD), Estate Duty(2006年以降の廃止):https://www.ird.gov.hk/eng/tax/est.htm
- ドイツ連邦財務省 / Bundesministerium der Finanzen, Erbschaft- und Schenkungsteuer:https://www.bundesfinanzministerium.de/
本稿は教育・情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄・商品の取得や個別の税務処理を推奨するものではありません。各国の税制・税率・控除額・条約の適用関係は頻繁に改正されます。国際的な資産承継は、関係各国の最新の法令に基づき、日本および現地の税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。
