相続・資産承継 × 株式 シリーズ
株式はなぜ承継に向く資産なのか|相続・資産承継を支える四つの構造的性質
株式が承継資産として使われる理由は「値上がりするから」ではない。1株単位まで分割できること、評価方法が通達で明文化されていること、含み益への課税が死亡時に実現しない繰延構造、そして議決権と経済的利益を切り離せること——この四つが揃うことで初めて機能する。原理から分解し、機能しなくなる条件まで解説する。
slug: auto-2026-10-31-inheritance-equity-fundamentals title: 株式はなぜ承継に向く資産なのか|相続・資産承継を支える四つの構造的性質 excerpt: 株式が承継資産として使われる理由は「値上がりするから」ではない。1株単位まで分割できること、評価方法が通達で明文化されていること、含み益への課税が死亡時に実現しない繰延構造、そして議決権と経済的利益を切り離せること——この四つが揃うことで初めて機能する。原理から分解し、機能しなくなる条件まで解説する。 tags: [相続, 資産承継, 株式, 財産評価, 取得費引継ぎ, 議決権] categorySlugs: [inheritance] assetSlugs: [stocks] readingTime: "9分" lastUpdated: 2026-10-31 series: 相続・資産承継 × 株式 シリーズ
資産承継の設計において、株式は不動産と並ぶ主役である。しかしその理由を「成長するから」「配当が出るから」と説明するのは、投資のロジックと承継のロジックを混同している。承継の文脈で株式が選ばれるのは、分割できること、評価が明文化されていること、含み益課税が繰り延べられること、議決権と経済的利益を分離できること——この四つの構造的性質によるものだ。本稿ではその仕組みを原理から分解し、それぞれが機能する条件と、機能しなくなる条件を整理する。
1. 承継資産を評価する四つの軸
ある資産が「承継しやすいか」を判断するとき、投資リターンとは別の評価軸が必要になる。承継の局面で問われるのは、次の四点である。
分割可能性——複数の相続人に、意図した比率で配分できるか。 評価の客観性——課税価額が誰にとっても同じ数字になるか、それとも争いの種になるか。 課税の発生タイミング——移転の瞬間に、流動性を伴わない納税義務が生じないか。 支配権の分離可能性——経済的な取り分と、意思決定の権限を別々に設計できるか。
株式はこの四軸のいずれにおいても、実物資産より有利な性質を持つ。ただし「上場株式か非上場株式か」で性質が大きく変わる点が、この資産クラスの最も重要な分岐である。以下、軸ごとに見ていく。
2. 分割可能性——株式は「割れる」資産である
不動産との構造的な違い
一棟の収益不動産を3人の相続人に均等配分しようとすれば、物理的に分割する(分筆・区分)、共有にする、売却して現金を分ける、あるいは1人が取得して他の2人に代償金を払う——いずれかを選ばざるを得ない。どの選択肢にもコストと摩擦がある。
株式は違う。1,000株を3人に配分するなら、334株・333株・333株と書けば終わる。資産の性質を変えずに、ほぼ任意の比率へ分解できる。これは株式が「同質で分割可能な権利の束」として設計されているためで、承継実務における最大の利点である。
遺留分(民法上、兄弟姉妹以外の法定相続人に保障される最低限の取り分)への対応でも、この性質は効く。不動産偏重のポートフォリオでは遺留分侵害額の請求に現金で応じられず、資産の売却を強いられることがある。株式の比率が高いポートフォリオは、調整の自由度が構造的に高い。
ただし「準共有」という罠がある
一方で、相続が開始した瞬間、遺産分割が終わるまで株式は共同相続人の準共有状態に置かれる。この状態では、株主としての権利を各人が勝手に行使することはできない。会社法上、共有株式の権利行使者を1名指定し、会社に通知しなければ議決権を行使できないのが原則である。
上場株式であれば、議決権行使ができない期間が生じても経済的な損失は限定的だ。しかし非上場株式、とくに同族会社の支配株式が準共有になると、株主総会が開けず、役員選任も決議できないという事態が起こり得る。分割可能性という利点は、「分割が完了した後」にしか発現しない。この時間差が、非上場株式における承継リスクの中核である。
3. 評価の客観性——通達が決める価額
上場株式は「四つの価額の最低値」
日本の相続税における財産評価は、国税庁の財産評価基本通達によってルール化されている。上場株式については、課税時期(死亡日)を基準に、次の四つの価額のうち最も低い金額を採用する扱いが定められている。
- 課税時期の最終価格(終値)
- 課税時期の属する月の毎日の終値の平均額
- その前月の毎日の終値の平均額
- その前々月の毎日の終値の平均額
この設計には合理性がある。死亡日という偶然のタイミングが株価の急騰局面と重なったとき、相続人は実際には売れない高値で課税されることになる。3か月分の月平均を比較対象に入れることで、単日のボラティリティが課税価額に過剰に反映されるのを防いでいる。
承継設計の実務上、ここから導かれる示唆は明確だ。上場株式の相続税評価額は、市場価格の下方に対して鈍感ではないということである。死亡後に株価が暴落しても評価額は下がらないが、死亡前3か月の下落は評価額に反映され得る。評価のタイミングリスクは完全には消えない。
非上場株式では評価が「設計の対象」になる
非上場株式には市場価格が存在しない。そのため通達は、原則的評価方式として、同業種の上場会社の株価・配当・利益・純資産と比較する類似業種比準方式、会社の純資産を基礎とする純資産価額方式、およびその併用を定めている。少数株主など経営に影響を与えない立場の株主には、配当を基礎とする特例的評価方式が適用される。
ここで決定的な違いが生まれる。上場株式の評価額は市場が決めるため、相続人側が動かす余地はほぼない。対して非上場株式の評価額は、会社の規模区分、資産構成、利益水準、株主の属性といった変数の関数である。つまり評価額が、事前の会社設計に依存する。
これは機会でもあり、リスクでもある。利益が出ている同族会社の株式は、創業時の払込額とは桁違いの評価額になり得る。評価額が上がるほど相続税額は増えるが、その株式には市場がない——つまり納税資金を作るために売ることができない。「評価は高いが換金できない」というミスマッチが、非上場株式承継の典型的な失敗構造である。
4. 課税の繰延——取得費はどこへ行くのか
日本型:取得費の引継ぎ
相続によって株式を取得した場合、相続人の取得費は被相続人の取得費を引き継ぐ。これが日本の基本構造である。祖父が1株500円で買い、相続時の時価が5,000円だったとしても、相続人が将来売却する際の譲渡所得は「売却価額−500円」で計算される。
つまり相続という移転の瞬間には、含み益に対する所得課税(譲渡所得課税)は発生しない。発生するのは相続税だけだ。含み益への課税は、相続人が実際に売却するまで繰り延べられる。
この繰延が、株式を長期の世代間資産として成立させている。もし死亡時に全含み益がみなし譲渡として課税されるなら、長期保有した株式は世代交代のたびに大きく削られる。繰延があるからこそ、株式は「売らずに渡す」資産として設計できる。
ただし相続税と譲渡所得課税の二重性は残る。この緩和策として、相続した財産を一定期間内(相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで)に譲渡した場合、支払った相続税のうち一定額を取得費に加算できる特例が設けられている。承継後に売却する前提なら、この期間を外さない設計が重要になる。
米国型:ステップアップという別解
対照的に、米国の内国歳入法典では相続により取得した財産の基準価額(basis)が、原則として死亡時の公正市場価値に引き上げられる(step-up in basis)。祖父が500ドルで買った株式が死亡時に5,000ドルなら、相続人の取得価額は5,000ドルになり、それまでの含み益に対する所得課税は消滅する。
同じ「株式の相続」でありながら、日本は繰延、米国は免除という正反対の構造を採る。この差は承継設計の最適解を変える。ステップアップがある制度下では「含み益のある資産は売らずに相続させる」ことが強く有利になり、繰延型の制度下では「いつ誰が売るか」の設計が重要になる。制度の型を取り違えた海外事例の援用は、承継設計における典型的な誤りである。
5. 議決権と経済的利益の分離
第四の性質は、株式が「経済的権利」と「支配権」という二つの異なる権利を束ねており、かつその束を解体できることだ。
事業会社の承継を考えるとき、所有と経営の一致が常に最適とは限らない。相続人が3人いて、事業を継ぐ意思があるのが1人だけという状況は珍しくない。このとき財産としては3等分したいが、議決権は1人に集中させたい——という要請が生まれる。
会社法上の種類株式(議決権制限株式、拒否権付種類株式など)、信託を用いた受益権と議決権の分離、持株会社を介した間接保有といった手法は、すべてこの分離を実現するための道具である。不動産では「持分は3分の1ずつだが意思決定は1人が行う」という構造を作るのに別途の契約が必要だが、株式は会社法という既存のインフラの上でこれを設計できる。
ここに非上場株式ならではの逆転が起こる。評価の客観性という点では上場株式が優位だが、支配権の設計自由度では非上場株式が圧倒的に優位である。承継において非上場株式が扱いにくい資産であると同時に強力な道具でもあるのは、この両面性のためだ。
6. 株式承継が機能しなくなる三つの条件
四つの性質は無条件に働くわけではない。以下の条件下では、前提が崩れる。
納税資金が株式の外にない場合。 相続税は原則として申告期限までに金銭で納付する。資産の大半が非上場株式で、換金手段がなければ、延納・物納や事業承継税制による納税猶予といった例外手続に依存することになる。「評価額は大きいが納税できない」は、承継計画の不在そのものである。
支配権が分散しすぎた場合。 世代交代を重ねるごとに株式は分散する。3世代後に株主が数十人に膨れた同族会社では、株主総会の特別決議が物理的に通らなくなる。分割可能性という利点は、裏返せば「際限なく分散し得る」というリスクでもある。
評価と実勢が乖離した場合。 通達評価は画一的な計算式である。業績悪化局面でも純資産が厚い会社は高く評価され、成長投資のために現金を薄くした会社は低く評価される。評価額は会社の実態価値ではない。この乖離を利用した極端な設計は、租税回避として否認されるリスクを伴う。
まとめ——「渡せる形」になっているかを問う
株式が承継に向くのは、分割できること、評価が明文化されていること、含み益課税が繰り延べられること、支配権を分離できることによる。いずれも株式という権利の設計に由来する構造的な性質であり、市場環境に依存しない。
一方でこれらの性質は、上場株式と非上場株式で発現の仕方が逆向きになる場面が多い。上場株式は評価と流動性に強く、支配権設計に弱い。非上場株式はその逆だ。「株式だから承継しやすい」という一般化は成立せず、問うべきはポートフォリオが納税可能な形・分割可能な形・意思決定可能な形になっているか、である。
次に読みたい
- 承継を前提とした株式ポートフォリオの設計基準——納税資金カバー率と流動性の判定軸
- 主要国の相続課税制度の比較——遺産課税方式・遺産取得課税方式・無課税+CGT型
- 非上場株式の評価の仕組み——類似業種比準方式と純資産価額方式の読み方
- 種類株式と信託による支配権設計——所有と経営を分離する実務
- 生前贈与と相続のトレードオフ——暦年課税と相続時精算課税の設計論
出典
- 国税庁「財産評価基本通達」(上場株式・取引相場のない株式の評価):https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/hyoka_new/01.htm
- 国税庁「相続税のあらまし/財産の評価」タックスアンサー:https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/
- 国税庁「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」(租税特別措置法第39条):https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3267.htm
- 米国内国歳入庁(IRS), Internal Revenue Code §1014(Basis of property acquired from a decedent):https://www.irs.gov/
- 中小企業庁「事業承継・引継ぎ支援」(法人版事業承継税制):https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/
- OECD, Inheritance Taxation in OECD Countries(相続課税の国際比較):https://www.oecd.org/tax/inheritance-taxation-in-oecd-countries-e2879a7d-en.htm
- e-Gov 法令検索「会社法」「民法」(共有株式の権利行使・遺留分):https://elaws.e-gov.go.jp/
本稿は教育・情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄・商品の取得や個別の税務処理を推奨するものではありません。税制・会社法制は改正されます。実際の承継設計は、最新の法令に基づき税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。
